サン・シュルピス教会のオルガンにおける伝統は大変古くにさかのぼります。16世紀中頃からすでにオルガニストが存在していました。その後、有名なギョーム=ガブリエル・ニヴェールとルイ=ニコラ・クレランボーに受け継がれます。とは言え、これらの音楽家たちが勤めていたのはサン・シュルピスの当初の小教区教会です。18世紀中頃に完成した現在の建造物の中に、建築家シャルグランは記念的なオルガン筐体(ケース)を建てます。今も絶えず私たちが敬服するこのオルガンケースの中にオルガン製作者クリコが1781年に5段鍵盤、ストップ数64、モントル32フィートを持ち、サン・マルタン・ド・トゥールやパリ・ノートルダムと並んでフランス王国の最も重要なオルガンの1つとなる楽器を設置します。オルガニスト、ニコラ・セジャンの才能の恩恵もあり、このオルガンは《北ドイツから南スペインまで》有名になります。
19世紀に偉大なオルガン製作者、アリスティド・カヴァイエ=コルが古いオルガンの多くの部分を保存しつつ、この楽器を再建します。というのは彼の意図は《古い芸術と新しい芸術の融合の特性》を実現することであったからです。サン・シュルピス教会の大オルガンは、ウルムのカテドラル(ヴァルカー社)、リヴァプールのカテドラル(ウィリス社)と並び、ヨーロッパにある 《100ストップ》を持つ3つのオルガンの1つとして全世界で急速に有名になります。優れたバッハ演奏家であったブレスロウのアドルフ・ヘッセ教授がオルガン完成直後にサン・シュルピスを訪れ、次のように記述しています:《私が今まで訪れ、調査し、弾いた全ての楽器の中でサン・シュルピスのオルガンは最も完全で、音色が最も良く混ざり合い、最も優れていて、まさに現代のオルガン製造の代表作であると言うべきです。》
1863年に輝かしい名演奏家、ルフェビュール=ヴェリーがオルガニストに任命され、1870年にはシャルル=マリー・ヴィドールが弱冠26歳で後継者となります。ヴィドールは《臨時》に任命され、サン・シュルピスにいた63年もの間、決して正式なオルガニストとして任命されませんでした…。彼は1933年の12月31日に辞職し、オルガン界の新しい大変優れた個性を持つマルセル・デュプレにこのオルガンを託しました。デュプレは1971年の聖霊降臨祭の日、午前中に典礼の奏楽を務めた後、その午後に亡くなりました。そしてデュプレの後継者は彼の弟子、ジャン=ジャック・グリュネンワルドです。この偉大な音楽家は残念ながら、たった10年間しかこの美しい楽器を活用することができませんでした。これらの芸術家は、カヴァイエ=コルの傑作を非常に尊重し、オリジナルの特性を保持した気品ある楽器として私たちに残しました。20世紀前半に多かれ少なかれ損なわれてしまった他の楽器とは逆に。実際には、習慣として言われるような典型的なロマン派-シンフォニックな楽器ではなく、製造者が望んだように古典派の伝統とロマン派の復興が密接に結ばれた楽器です!

ダニエル・ロート

 

聖シュルピス教会
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